第3節

 華やかな世界の裏側で踏まれていく多くの選手達(自身19歳)


 

チームからは就労ビザがもらえないということで、観光用のビザでアマチュアの試合に参加することが、その当時はアメリカで野球をする最善の方法であった。この頃は本当に意地が先行し、何が何でもアメリカで野球をしてやるという気持ちで焦っていた。

 時期的には高校を卒業した4月(卒業式には出ずに、2月にはアメリカに来ていたため卒業をしたという実感があまりなかった)から、ドラフト候補の大学生を中心としたアマチュアのチームに参加することとなったのだが、アメリカの大学生のレベルがイマイチ分からなかったので、事前にそのチームを運営しているスポーツトレーニング施設でトレーニングをする目的で通ったのだが、ここで初めてメジャーリーガーと一緒に練習をすることになる。

 当時ボストンレッドソックス所属のショートストップ、ノマー・ガルシアパーラ選手や、フロリダマーリンズのケビン選手、など10人前後のメジャーリーガー達を目の当たりにして、アメリカで野球をしていることを強く実感していた。

 本当に彼らは気さくで、写真も一緒に撮ってくれたり、マクドナルドに行くついでに一緒に買ってきてくれたりと、野球以外でも野球が好きな人間には優しく、本当に純粋に野球が好きなんだなあと思うシーンが多かった。トレーニングの量も、質も、モチベーションの高さも、今思い出してもすごかったなと敬意を表する。

 私が始めてアメリカに渡った高校2年の夏に出会ったピッチャーが、ドラフトにかかるということでコーチたちが騒いでいた。このピッチャーは常時92マイル(148km/h)を投げ、最速96マイル(154.4km/h)にもなるというとんでもない大学生だったのだが、ブルペンで並んで投げるのがイヤになったほど速かったのを覚えている。

 マウンドから爆弾でも投げているのかと思うようなキャッチャーミットの音(アメリカ人のキャッチャーは音を鳴らすことが苦手なためなかなか音は鳴らないのであるが)で、こんな球をデッドボールとして喰らったらたまらないだろうなとぞっとした。

 このピッチャーはサンディエゴ・パドレスから3位指名されることになるのだが、やはりメジャーリーグ、一緒に練習したメジャーリーガーの中にはクローザーをしていたピッチャーもいたのだが、その大学生よりも更に速かった

 この頃は本当に練習や試合をしていても出会う選手の力に驚き、純粋に野球を楽んでいた最後の時期であった。周りの選手はみな仲間であり、試合での対戦相手ですら、お互いを刺激し会える仲間だと思えた。

 アメリカのドラフトは6月である。これは学校が6月で卒業になり、新学期が9月からというサイクルに合わされていることが関係しているのであろう。

 その直前の5月から、私のアマチュアのリーグにはドラフト候補の選手がこぞって参加をし始めた影響で突然レベルが上がった。そしてドラフトが終わった頃、ちらほらとドラフトにかかった選手が抜けていくことによって徐々にレベルが下がっていった。そんな中でドラフトにかかったにも関わらず、こんな時期に参加してきた選手がいた。

 年齢は当時19歳。私と同い年である。私達選手で共同生活していたコンドミニアムに一緒に住むことになり、初日の練習でこんな時期に参加してきた意味を知った

 肘に大きな傷跡があった。手術の傷跡である。それも最近に施術したばかりの生々しいものであった。

 キャッチボールは塁間がやっと、重たいものは一切持たない、痛み止めを常に服用している、など、まともに野球など出来るわけがなかったのだ。

 しかしドラフトで1位指名された選手である。お金には不自由していないようで、夜な夜な遊びに行っていた。私も何度か連れて行ってもらったが、急に大金を手にしたことで金の使い方を知らないのか、何でもかんでも多額のチップを払っていた。

 その選手は高校生の時に94マイル(151.2km/h)を投げた地元では有名な選手だったらしく、確かに背も190センチ前後、体格もよかった。

 そんな将来も有望で素晴らしい才能をもった、華やかな人生を歩むであろうのにもかかわらずなぜ手術をすることになってしまったのか疑問に思い、ある日、手術をした経緯を聞いた。

 

 話を聞いて少し恐ろしくなった。

 ドラフトで上位指名され、多額の契約金、多額の年俸をもらえることはかなり以前から分かっていたらしい。しかし、アメリカではスカウトすら階層に分かれており、いい選手を発掘しドラフトで上位指名させることによってその地位を高めていく、ということが絡んでいた。

 目を付けてくれたスカウトが自分の上司のスカウトにこの選手をこの年のドラフトにかけたいことを伝えるために、上司のスカウトが来るたびに何度も試合で投げさせた。初めの頃は猛威を振るっていた速球も、連投に近い間隔の短い登板に、球速は遅くなっていった。

 明らかに疲労である。しかしスカウトは焦っていた。これだけの逸材、ここでドラフトにかけなければ来年以降は他の力のあるスカウトに横取りされてしまう。

 ドラフトで上位指名された選手は3年は待ってくれる。そうすぐにはクビにしない。なら、どこか悪い箇所を見つけて手術してしまえば、入団してすぐに力を判断されるということはない、と上司を説得したのである。野球をこのレベルまでしている選手は悪いところのひとつやふたつはあるものである。

 多額の契約金と引き換えに肘を切ったのである。

 

 ある日その選手が寝室で泣いているのを見たことがある。もしかしたらあの頃のような速球はもう投げられないかもしれないという不安と、多額の契約金のうちの多くをすでに親が事業に使ってしまったことのプレッシャーからだろうか。

 純粋に野球を楽しめた人生から一転して、野球をビジネスとしてとらえる世界の餌食になってしまった若者がそこにいた。

 アメリカではインディペンデントリーグも含め、年間3000人という人間がドラフトにかかる。ドラフト外を含めると、5000人以上がプロ選手として契約していくのである。しかしその裏では同じだけの数の選手がクビになっていくのである。

 その後、この選手は結局速球が投げられなくなってしまったまま、3年でプロ選手生活を閉ざしたことを知った。

 今自分が足を踏み入れようとしている世界は、華やかさと裏側の暗い闇の両面を持った、自分ひとりの力ではどうしようもない大きな力が働く世界なのだと実感した。

 この時初めて、自分の歩く道は果たして正しい道なのかと、自問したのである。

 

 

次回 

 第4節:勝負の世界がこれほどまでに無情で過酷であるとは思いもしなかった(自身19歳)

次回掲載は来週を予定しています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次回予告

第4節:勝負の世界がこれほどまでに無情で過酷であるとは思いもしなかった(自身19歳)

 

過去節

第1節:松坂世代ということは「能力があって当たり前」という世間の先入観を生んでいた(自身18歳)

第2節:日本人であるということ(自身18歳)

 

CONTENTS

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