U.筋力発達のメカニズム
筋肉はどのようにして筋力を向上させていくのでしょうか。効率よく筋力や筋収縮速度を上げるためのメカニズムを公開します。
筋発達のサイクル
何のために激しいトレーニングをするかという基本的なところの話をしますと、
・筋力を上げるため
・神経を発達させるため
・筋収縮速度を上げるため
といったことが考えられると思いますが、そのうち筋力を上げることにのみ着目しますと、
1)筋破壊:激しく筋肉を傷つける。
2)24〜72時間の休養:このときに多くの栄養、特にタンパク質(アミノ酸:タンパク質とアミノ酸の関係は「4.食事に対する考え方」で詳しく解説します)を筋肉に与えることで傷ついた筋肉が回復します。
3)超回復:傷ついた筋肉が回復するときに、以前の筋肉よりも強くなって回復します。このとき筋力がアップするだけでなく、筋肥大も起こります。
これら1)〜3)のサイクルによって筋肉は強く大きくなっていくのです。これはあまりにも一般的なので、これについてはこれ以上詳しくなくともこの程度でいいでしょう。
野球選手は、これ以上に稼動域と筋収縮速度に対して慎重にならなくてはいけません。
『稼動域&筋収縮速度』 ⇔ 『筋肥大&筋力』 グループ分けするとこんな感じでしょうか。
一般的なウエイトトレーニングの本では筋肥大と筋力を中心に書かれていますので特に注意が必要です。バランスよく、稼動域、筋収縮速度、筋力、筋肥大、といった優先順位でウエイトトレーニングを扱ってください。
稼動域に対する考え方
稼動域が広いとか狭いとか、よく耳にすると思いますが、では体の柔らかい人はスポーツに適した体といえるでしょうか?
一般的な体の柔らかさと言われて、あなたの想像する柔らかさの基準はもしかすると立位体前屈などではありませんか?
しかし、野球の動作でこのような格好になる瞬間はあるでしょうか?そしてこの格好が他人よりも楽に出来たからといってプレーの質が向上したでしょうか?
では野球で必要な関節、筋肉の稼動域というのは一体どのようなものなのでしょうか。そしてその稼動域を確保する方法とはどのようなトレーニングなのでしょうか。
肩甲骨と股関節
地球上の数ある生物の中で、人間より速く走る動物は多くいます。人間より速く泳ぐ生物も多くいます。しかし人間より速く物を投げられる生物はいないのです。
その人間が他の生物と違う特徴は、肩甲骨(肩関節)と股関節です。どう違うのかといいますと、その使い方に特徴があります。人間は他の生物と違って二足歩行を行います。そのため、他の動物では前足に相当する肩甲骨は、四足歩行を行う動物と違い、大きな負荷を支える必要がありません。そのため、稼動域が他の生物とは違って驚異的に広くなったのです。そして他の四足動物の肩甲骨とは違った動きが可能となったのです。
そして股関節ですが、これは肩甲骨とは逆に大きな負荷に耐える必要があります。しかし、二足歩行とは不安定な運動です。その不安定な運動を可能にするためにはちょっとした重心移動にも対応できるように様々な姿勢を可能とする範囲の稼動域を確保したのです。
では肝心の稼動域ですが、肩と股関節の場合、自由度が高い特殊な関節です。前後左右、そして内、外とひねることも可能です。そのなかでも代表的な稼動域の測定方法をまずは2つ。
←肩と肘の高さを揃え、手首がどれだけ後ろにいくかを測定する。体幹との角度を用いて測る。この角度が大きいほど、投球中に大きなしなりのあるフォームを実現できる。しかし、稼動域を大きく超えてこの測定をすると、脱臼のおそれがあるので注意。
投手はこの角度が生命線でもあると考えます。特に登板後はこの角度が小さくなってしまいますので(筋硬化のため:筋硬化については後ほど)、いかにこの角度を大きなままシーズンを過ごせるかというのも考えてみてください。
→上記の反対で、手首がどれだけ前へ倒れるかを測定する。この角度が小さいほど投球に対する疲労は小さくなる。より強力なバックスピンをかける際にも角度が小さいほうが有利である。
この2つがよく用いられる肩の稼動域の代表的なものであるが、実はあまり知られていない、これらよりも更に大事である稼動域の測定法がある(これについても後ほど)。
このように肩甲骨(肩関節)や股関節には稼動域の定義そのものが一般的なものとは違うのである。
ウエイトトレーニングとストレッチはワンセット
ウエイトトレーニング(特に肩周り)を行った後、先ほど紹介した測定方法で柔軟性を確認してみてください。かなり悪化していることが分かると思います。これは稼動域を奪ったのではなく、筋硬化により、一時的に稼動域が制限されてしまったのです。ということはこれは投球中にも起こる可能性があります(多くの投手は起こります:起こらない投手もいるのですが、その秘密も後ほど)。
特にウエイトトレーニングで鍛えた部位に対してその直後にストレッチが必要になります。欲を言えば鍛えながらストレッチ動作が入るウエイトトレーニングの方法があればベストです。
ウエイトトレーニングを始めた頃に急に挙げられる重量が増える現象
普段ウエイトトレーニングを行っていない人が、ウエイトトレーニングを始めると、急に筋力が上がったような現象が起こります。しかし筋肉そのものは太くなったわけでもなく、体重も増えていない、といった不思議な現象です。
この現象の原因は神経にあります。
筋肉が収縮するというのは脳が筋肉のある神経に対して電気信号を送ることによって起こります。筋肉と神経であれば神経のほうが発達するのは早いので、ウエイトトレーニングを始めると、神経のパイプが太くなり、多くの電気信号を送ることが可能になります。
これは、元々人間は筋肉のもつ力を60%も使えていないので、神経の発達により筋肉の70%〜80%が使えるようになるということなのです。ですので、神経をも鍛えるということもウエイトトレーニングの作用なのです。
重い重量を上げるときに力みますよね?あれは脳が必死になって電気信号を送っているのです。
筋収縮速度を上げるには
これには多くの要因がからんでいますので、基本的な考え方を紹介します。
筋肉は関節付近の骨に付いています。しかしどの関節にも筋肉は複数あるような気がしませんか?特に上腕2頭筋、上腕3頭筋、大腿4頭筋、大腿2頭筋、といったものは名前の数字からも分かるように、関節に複数の筋肉がついています。実はこの複数筋肉があるというのは、長い筋肉と短い筋肉があります。これが筋収縮速度を上げるヒントなのです。
・単関節筋:1つの関節のみについている筋肉(短い筋肉)と
・複関節筋:2つの関節についてる筋肉(長い筋肉)
があるのですが、上腕二頭筋で言いますと、力こぶになるのは単関節筋:短い筋肉です。
てこの原理でも分かると思いますが、筋収縮速度(特にスピードを求められる運動)を上げるには複関節筋長い筋肉を鍛える方が有効です。
ここで具体的に単関節筋と複関節筋の違いを考えてみます。
赤:複関節筋 青:単関節筋 灰色:骨
←長い筋肉は複数の関節にまたがっているので一回の収縮で二つの関節に作用できる。その反面、短い筋肉に比べ、細い。短い筋肉は力こぶとなって見える筋肉であるので、ボディビルダーはこちらを徹底的に鍛える。野球選手にとって長い筋肉(あまり力こぶとなって目立たない方)を鍛えることが有効であることはお分かりになるはずです。
ということでどの筋肉部位でもこの長い筋肉はあります。細いのに速いボールを投げる選手、細いのに力強いスイングをする選手、彼らは長いほうの筋肉が発達していると考えてもいいでしょう。
長いほうの筋肉が発達しているので見た目は細いのです。
成長ホルモン:テストステロンの働き
たんぱく質(アミノ酸)から筋肉が体内で合成されるときに関わってくるのが、成長ホルモン(テストステロン)です。
このテストステロンは筋肉だけでなく、骨、脂肪、その他、体を形成している細胞群なども合成します。ここで体の状態を大きく2つに分けて説明します。
・アナボリック状態:合成状態、筋肉や脂肪が体内で合成され、いわば体を造っている状態
・カタボリック状態:分解状態、筋肉や脂肪が体内で分解され、いわばダイエットなどの痩せていく状態
この2つの状態が1日の中で繰り返されています。二つ同時の状態というのはありません。必ず片方の状態です。ダイエットをして体重を落としたいのであれば、一日の中でより長くカタボリック状態にあればいいわけで、アナボリック状態に長くいますと筋肉や脂肪は付いていくということです。
ではどういったときにこのアナボリック状態とカタボリック状態が現れるのでしょうか。
アナボリック状態・・・食事中、睡眠開始後2時間以降、入浴中
カタボリック状態・・・トレーニング中、起床時、空腹時
といった場合のときです。このカタボリックかアナボリックかを決めるのが、成長ホルモン(テストステロン)とインシュリンです。この2つの分泌が盛んなときはアナボリックで、分泌がされていないときがカタボリックということです。
ということは筋肉にとっては長くアナボリック状態を維持することが大事になります。しかし、激しいトレーニングではカタボリック状態になってしまいます。どうすればいいのでしょうか?
体が大きくカタボリック状態に傾いたとき、このままでは生命の危機状態に陥ってしまうと、脳は判断します。この激しいカタボリック状態のときに良質のたんぱく質(アミノ酸)と高純度の炭水化物を摂取すると、今度は大きくアナボリック状態に反転します。
ということは激しいトレーニングの直後(最善は30分以内)に良質のたんぱく質(アミノ酸)と高純度の炭水化物を摂取すると筋肉の合成がその瞬間から始まるわけです。しかも、その瞬間が一番激しく筋肉の合成が行われるといわれています。逆に言いますと、この瞬間を逃すと、他のどのタイミングでたんぱく質(アミノ酸)と炭水化物を摂取してもそれほど大きな効果はない、ということです。
そしてこのトレーニング直後の栄養摂取は筋肉の合成を促進してくれるだけでなく、スタミナも同時に補ってくれます。トレーニング直後の筋肉にはエネルギーが枯渇しています。この状態のときに炭水化物(グリコーゲン)を摂取することによって筋肉中のエネルギーが補われるわけです。これも、トレーニング直後(30分以内)を逃すと、他のタイミングではあまり大きな効果はありません。
乳酸は敵か?
皆さんも一度は聞いたことがあると思います、乳酸という物質。無酸素運動(瞬発性の高負荷運動)を行うと筋肉中で造られる物質で、疲労や筋肉痛の元となる、嫌われ者です。この乳酸が血液中にどれだけ含まれているかで客観的に疲労度を測ることもできます。
しかし実は乳酸という物質は筋肉を造る上では非常に有効な使い方もあるのです。
乳酸が大量に生産されることで大量のテストステロンが分泌されるのです。要は乳酸を溜めないことが大事で、一時的であれば乳酸も有効であるということです。
強制アナボリック
このアナボリック状態に強制的に(トレーニング直後かどうか関係なく)移行させてしまう方法が他にもあります。これが、クレアチン、ステロイド、プロホルモンと呼ばれるものです。これらはそれぞれ全然別物ですが(中にはこれらをまとめて同じものだと勘違いしている人がいますが)、これらを摂取することによってアナボリック状態を作り出し、その状態を長く維持することが可能です。しかし、これらには副作用もあり、安全です!と大声でメーカーは言っていますが、実験データも少なく、偏っているので、今のところはあまりお勧めできないものもあります(クレアチンは元々体内にあるものなので安全性が高いですが)。
これらについては食事の項で紹介したいと思います。
次回
V.上半身のトレーニング
次回掲載は来週を予定しています。
|